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投稿日:2016年04月26日

昨日、ホームページの製作者の方がお見えになった。

このホームページは、みんなどのように検索されているのか・・・・

どのように利用して使って頂いているのか・・・・

岡本建設・滋賀岡本建設・岡本建設滋賀・岡本建設大津・大津岡本建設・おかもとけんせつ・・・・・

いろんな検索の仕方が有るんやねえ。

何処の県か、どこの県なら何処の市か。

時間は、何時ごろに・・・・

全てパーセントで一目瞭然。

高知県で検索が有って、この高知県はきっと社長の友達が検索してくれたんや・・・・・嬉しいなあ。

2月頃に原発ってブログで、スイッチが入る切るが出来ないから反対みたいな事を書いたら、書いたあくる日に、アメリカで異常な通常の100倍以上の検索が有りました。

何かおかしいですねえ。

怖いですねえ。

私らは、普通にホームページを立ち上げているけどこんな事も判るんや・・・・こっちの方が怖いかも??

事務所で、お客様の今の建っている現状などまだまだ出来ていないので、そっちを強化しんとあかんなあと思いました。

一人でも多くの人に検索して貰えて、岡本建設とはこんな会社と分かって貰えたら嬉しいです。岡本 芳子

嬉しいような寂しいような

投稿日:2016年04月22日

4月20日に、午前中は亀岡のY様で、午後から大津のK様のお引渡しでした。

2棟とも、事務所の必要な方でした。

両方とも奥様の素敵な方で、Y様は、奥様のご両親が1階にLDKと和室と寝室を・・・・そして事務所の間取りです。

2階は、LDKと次男さんの部屋。そしてご夫婦の寝室。

ロフト階段で、本当に3階風にして、長女さんと長男さんのお部屋です。

奥様もお母様も新しい家が出来るまで電化製品なども辛抱なさっていたので、すべて新調です。

当社の家は、収納を沢山作るし、洗面に必ず棚もしくは物入れを作ります。

K様も沢山の物入れが出来、御主人のご両親も喜んで頂けたとか。

事務所もかなり広く、机の配置などのお話も出来、感謝です。

お引渡しが終われば今迄の様に、今の現状などラインも出来なくなるし寂しいような、でもお引渡しが出来、嬉しいような・・・・

無事、怪我もなく大変喜んで頂けた事が幸せです。岡本 芳子

熊本

投稿日:2016年04月19日

昨日のブログで、私に何が出来ると書いていたけど、だんだん見えて来ました。

今日、大津商工会議所の役員会が有ります。

そこで、会議所として今何を・・・・こんな事が議題に載せて貰える事になりました。

また、某、ハウスメーカーの会議で、岡本亮が、滋賀の代表で現地の住宅の点検員として行って貰えないか・・・・

急に降ってわいた話だったけど、喜んで・・・喜んで・・・・

岡本建設として、1週間でも2週間でも熊本の人に役立つのなら嬉しい限りです。

今、私に何が・・・・何も出来ないもどかしさを感じていただけに、私が直接行って何かする事では無いけど、お役に立つ第一歩かなあと思います。

社長も、頑張って来いと背中を押してくれています。

谷原さんは、「留守はお任せ下さい」ほんまに良い会社の仲間です。

何か、持って行く事は可能なのか、もし可能なら今日の会議所の役員会で提議しようと思います。

まず、最初に某ハウスメーカーに車か電車か聞きます。

それによって、持って行くものが変わると思うし・・・・

岡本建設としても、岡本亮としても、悔しいけど先に越されたけど、怖い思いをしている熊本の人に役立てて欲しいです。

私は、28年前に自宅の火災で、嫌と言う程、辛い思いもしました。

でも、製材所の社長ご夫妻が長靴を履いて飛んで来てくれました。

今でも、火事に遭遇した時、テレビで火事の場面を見た時、内藤幸製材所の奥様の、長靴を履いた姿を思い出すと涙が出ます。

京都信用金庫の高階さんは、会社が休みなのにトレーニングウエアーを着て手伝ってくれました。

お隣の町内の方々が、黙って片づけに参加してくれました。

家が無くなったけど、お隣の方は、娘3人と私達を泊めてくれました。

ご近所のアパートの方は、空いている部屋を快く貸してくれました。

京都信用金庫さんを絶対なる信用をしているのは、困った時、何も言わず黙って、黙々と汚れも気にせず動いてくれる社員さんが居たからです。

地域の人、会社関係の人、私の友人・・・・みんなみんな暖かい言葉を掛けてくれたから、自宅も建て直せたし、何年もかかったけど会社も新築できました。

私は、「今何が出来る」の気持ちをしっかりと考えて行動したいです。岡本 芳子







涙が出る

投稿日:2016年04月18日

熊本は、火の国、神様の国ではなかったのか。

もうテレビで見ていて小さい子供はどうする事も出来ず、怖い思いをしているんやなあ。

新聞で、小学生の4年生位の、丁度美里位の女の子が、発泡スチロールのどんぶりをうつろな目で、両手に持って・・・・

きっと炊き出しのご飯を貰ったんやと思う。

天災とはいえ、小さな子供が一生残酷な思い出が残るかと思うと辛い。

私に出来る事、ほんまに見つからない。

神戸・淡路の地震の時は、両手と背中にリュックを背負って薬や食料品等を持って行った。

家が潰れているのや、一階と二階がクの字になっているのを目のあたりにした。

社長は、友人と1200食のトン汁と、また間をあけて、きつねうどんも1200食作りに行った。

また、職人を連れて仮設住宅も作りに行った。

東北の時は、横浜の娘が水が無い・懐中電灯が無い・電池が無いと言うのでご近所さんにもあげてと言って滋賀から沢山送った。

同じ九州に住んでいたら、家の片づけも出来たのに・・・・・

テレビを見ていて、子供さんが、道路にブルーシートの上で寝ているのを見て、涙が出て仕方がない。

私に今何が出来る・・・・

何にも出来ない自分が悔しい。

いいや。出来る事を絶対探して動きます。岡本 芳子

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